東京・青山道場の居合の稽古や活動を記録しています。
2月1日(日)
武術には「後の先」という考えがあります。
相手を動かし、自らは後から動いて勝つということですが、これは単なる反応の速さを競うものではありません。そこには明確な理があり、理に基づいて動くことで、結果として先を制することができます。速さではなく、構えと間、そして理合いが要となります。
2月2日(月)
形を覚え、動きに慣れてくると、無意識のうちに動きが粗くなることがあります。
そのような時こそ、あえてスローモーションで動き、手順や注意点を一つひとつ確認します。ゆっくり動くことで曖昧さが浮き彫りになり、正確な動きが身体に刻まれていきます。
2月3日(火)
さらなる成長を目指した稽古
今年は年始から皆さんの稽古量が多く、技量の向上が目覚ましい一年となっています。
今年は、今まで以上に、それぞれの段階に応じてより質を高める稽古を行っています。
量を積み、質を磨く。
この二つが重なり合うとき、技は確実に深まり、身体も心も研ぎ澄まされていきます。
2月4日(水)
刃筋を通す
一般的に、巻藁を斬ることを居合と勘違いされる方もいますが、本来の居合は、各流派に伝わる形(かた)稽古を通して、技と心を磨くものです。
空中を斬って刃音が響いたとしても、それが本当に「斬れている」かどうかは分かりません。
斬るためには、刃音だけでなく、刃の入り方と通り方が正確であることが重要です。
そのため劔和會では、固いものを斬るのではなく、半紙の短冊を斬って刃筋を確かめる稽古を行っています。軽く薄い紙は、わずかな乱れでも切りきることができません。
つまり、紙を正確に斬れるということは、刃筋が正しく通っている証でもあります。
文責:塩崎関舟
2月8日(日)
寒くても稽古に励む
昨日は雪が降り、都内でもうっすらと積もる一日となりました。
そんな天候の中でも、朝一番から多くの方が稽古に集まりました。
無外流の稽古に向かう心構えを詠んだ『百足伝』に、下記の歌があります。
稽古には山沢河原崖や渕 飢も寒暑も身は無きものにして
場所や季節、環境に関わらず、日々稽古に励めという教えです。
朝起きて、雨や雪、あるいは真夏の暑さに触れると、どうしても一歩を踏み出すのが億劫になるものです。それでも稽古をしようと決めて動き出す、その心こそが修行なのだと思います。
この日、稽古に足を運んだ皆さんの姿勢は、まさにその教えのとおり稽古に励んでおられました。
文責:塩崎関舟
2月15日
ある程度動きが身につき、初段前後になると、腕全体を「刃」として意識して動くことが重要になります。
腕に刃を感じながら動くと、余分な押す力が抜け、切る動きが自然に通るようになります。力で斬るのではなく、身体全体で斬る感覚を養う段階に入ってきます。
文責:塩崎関舟
2月18日(水)
スランプの突破方法は稽古し続けるしかない
ある段階に達すると、それまで出来ていたことが、突然うまくいかなくなることがあります。いわゆる「スランプ」と呼ばれる状態かもしれません。
居合でいえば、それまで滑らかに抜けていた抜き打ちが、急に鞘を削り、音を立ててしまう。これまで通りに抜いているはずなのに結果が変わり、戸惑いや苛立ちを覚えることもあるでしょう。
こうした時、一度稽古から離れ、久しぶりに抜いてみると、意外にもスムーズに抜けることがあります。しかし、それは上達したからではなく、単に緊張が抜けただけであり、本質的に壁を越えたわけではありません。やがて同じ課題に直面します。
この壁を越える道は、結局のところ繰り返しの稽古しかありません。特に抜き打ちにおいては、刀の丸さを立体的かつ正確に感じ取ることが重要です。鞘と刀の関係を繊細に捉え直すことで、余分な接触は自然と消えていきます。
辛抱強く稽古を積み重ねていると、ある日ふと、何が変わったのか自分でもはっきりしないまま、音がせず、滑らかに抜ける瞬間が訪れます。
その時こそ、壁を越え、次の段階へと進んだ証です。成長は、こうした見えにくい変化の積み重ねの中にあります。
文責:塩崎関舟
2月22日(日)
昇段
本日は、初段の審査に臨まれる方がおられました。
本番の場では、どうしても力が入ったり、考えすぎて動きが硬くなったりすることがあります。しかし大人になると、これほど緊張する機会は多くありません。そうした意味でも、審査は貴重な経験の場といえます。
大切なのは、緊張の中でも普段通りの力を発揮すること。
山田先生は常に、「稽古は本番のように。本番は稽古のように。」と教えてくださいます。
日頃の稽古から、一つひとつを本番と思って取り組むこと。
その積み重ねこそが、本番での安定につながるのだと、あらためて感じる一日でした。
文責:塩崎関舟
2月24日(火)
成長
最近の稽古では、昇段された方が数名おられましたが、その動きが明らかに変わっていました。
段位という節目が意識を変えるのか、それとも積み重ねが形となって現れたのか。
いずれにせよ、ご本人も気づかぬうちに一段と整った動きになっていました。
また、最年少の十代の会員も参加していましたが、動きが引き締まり、顔つきもどこか凛々しく感じられました。聞けば、前日が誕生日だったとのこと。年齢を重ねる節目とともに、内面の変化も表に現れてくるのかもしれません。
会を運営していて何より嬉しいのは、こうして人の成長に立ち会えることです。
老若男女を問わず、それぞれが少しずつ前に進める場であり続けられるよう、これからも稽古を重ねていきたいと思います。
2月24日(火)
教わる姿勢
学問では、授業に臨む前の予習が大切だと言われます。
しかし武術の修練において、何より大切なのは復習です。指導されたことを素直に受け止め、繰り返し稽古することが、上達への最も確かな方法となります。
先輩の動きを見て「次はこれをするのだろう」と先回りしたり、自分なりに先の段階を考えてしまうことがあります。しかしそれは、教えを授けてくださる先生に対して失礼であるだけでなく、学びの姿勢として蛇の道への一歩となります。
劔和會では、会員それぞれの段階に応じて稽古内容が用意されています。
その一つひとつを丁寧に積み重ねていくことで、自然と次の段階へ進む力が養われていきます。
与えられた稽古を素直に受け止め、繰り返し実践すること。
それこそが、武術を学ぶ者にとっての基本の姿勢だと感じています。
2月25日(水)
続けることの大切さ
数年ぶりに稽古へ復帰された方がおられました。
一度は退会も考えられていたそうですが、久しぶりに刀を手に取り振ってみると、身体を動かすことで日々の生活に張りが生まれることを実感されたとのことでした。そして、あらためて稽古を続けることを決められたそうです。
古武術は、年齢に関わらず長く続けることのできる修練です。
生涯にわたって学び続けられるものと言ってもよいでしょう。
劔和會では、稽古を通して会員の皆さんの人生に少しでも良い影響を与えられるよう、日々道場を運営しています。
途中で稽古を離れてしまうと、技術は少しずつ身体から薄れていき、精神的な深まりもそこで止まってしまいます。
しかし、仕事や家庭などの事情で、一時的に稽古から離れざるを得ない時期もあるでしょう。
それでも、再び稽古を始めれば、また次の高みを目指して歩み出すことができます。
古武術を通して、それぞれの人生がより豊かなものになっていくことを願っています。
2月27日(金)
成長の時期
日々の稽古を見ていると、人それぞれ成長の速さは異なります。
しかし、ある時期になると、動きや理解が一気に伸びる瞬間があります。
そうした時期は、身体も心も教えを素直に受け入れやすくなっているものです。
そのため、この時には新しい内容を積極的に指導し、次々と身につけてもらうようにしています。
大きく成長していく姿を見ることは、本人にとっても喜びですが、指導する側にとっても何ものにも代えがたい喜びです。
人が伸びる瞬間に立ち会えることは、道場を続けていく中での大きな励みになっています。










