道場では、稽古の始まりと終わりに神前に礼を行います。
初めて武術を学ぶ方の中には、「なぜ神棚があるのだろう」「なぜ神前に礼をするのだろう」と疑問に思う方もいるかもしれません。
しかし、この礼は単なる形式ではありません。
武術を学ぶ者として大切な意味が込められています。
道場と神棚
現在では多くの武道場に神棚が設置されています。一昔前は、体育館など公共の場にもあったそうです。
一説には、道場へ神棚を設置する習慣は明治時代以降に広まったといわれています。そのため、流派が創始された当時から現在と同じ形で神棚があったわけではありません。
しかし、神棚の有無に関わらず、武術を学ぶ者が先人を敬い、感謝する心は古くから大切にされてきました。
神前への礼は先人への礼
劔和會では、神前への礼を通して、流祖をはじめとする先人への畏敬の念を表しています。
「稽古」とは「古を考える」と書きます。
武術の稽古とは、形を通して先人の教えを学ぶことでもあります。私たちが学んでいる形は流祖によって体系化されました。
しかし、その流祖にも師がおり、さらにその師にもまた教えを受け継いだ人がいました。そうして人から人へと伝えられ、長い年月を経て現代にまで受け継がれてきたからこそ、今、私たちはその教えを学ぶことができます。
神前に手を合わせることは、神様への感謝だけではなく、この長い歴史の中で技や文化を守り伝えてきた先人たちへの礼でもあるのです。
私は、神前への礼とは、流祖をはじめとする先人、さらにその先へと遡り、日本という国や文化を守り続けてきた人々へ感謝を捧げることだと考えています。
神前での拝礼
道場での拝礼は、神社で行う拝礼と同様に「二拝二拍手一拝」の作法で行います。
拝礼の作法そのものよりも、感謝と敬意を持って行うことが大切です。
左手、右手と床につき、深く礼を行い、右手、左手と戻します。これを二回行います。
両手を合わせて二回拍手を打ちます。
拍手の際には、右手を少し手前にずらして打つのが一般的な作法です。
諸説ありますが、このずれた指先を最後に合わせることで、神と人とが一体となり力を授かるという考え方もあります。
最後にもう一度深く礼を行います。
礼の心で稽古に臨む
武術は一人では学べません。
流祖が教えを残し、それを代々の先人が守り伝え、そして現在は先生方が指導してくださっています。
その教えを学ぶ者として、まず大切なのは礼の心です。
先生に対して「試してやろう」「評価してやろう」という気持ちで稽古に臨んでも、本当に大切なことは見えてきません。
先人への敬意を持ち、素直な心で教えを受け取ろうとする時、形の奥に込められた教えが少しずつ見えてきます。
稽古の前後に行う神前への礼は、その気持ちを整えるための大切な時間でもあります。
礼の心を忘れず、日々の稽古に臨みたいものです。

















