百足伝(ひゃくそくでん)は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政が修行の心構えを四十首の和歌にまとめた教えです。
百足(ムカデ)の四十本の足になぞらえ、足がもつれることなく一糸乱れぬ統率を持って動くように、心と身体、そして技が完全に一致する修行の有様を表しています。
その教えは、稽古を始めたばかりの初心者から、流派を受け継ぐ継承者に至るまで、すべての修行者が心に留めておくべき普遍的な内容です。また、武術の修行だけでなく、人としての在り方や仕事への向き合い方、人間関係など、日々の生活にも通じる多くの示唆が込められています。
本ページでは、百足伝四十首をご紹介するとともに、各歌の解説記事『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』へご案内しています。先人が遺した教えを現代の視点から紐解くことで、武術を学ぶ方はもちろん、多くの方にとって人生を豊かにする学びとなれば幸いです。
百足伝 四十首
第一首
稽古には清水の末の細々と
絶えず流るる心こそよき
絶えず続ける心こそ修行の始まり

第二首
夕立のせきとめかたきやり水は
やがて雫もなきものぞかし
一時的なものは、すぐに消えていく。

第三首
うつるとも月も思わずうつすとも
水も思わぬ猿澤の池
第四首
幾千度(いくちたび)闇路をたどる小車の
乗得てみれば輪のあらばこそ
第五首
稽古には山澤河原崖や淵
飢えも寒暑も身は無きものにして
第六首
吹けば行く吹かねば行かぬ浮き雲の
風に任する身こそやすけれ
第七首
山河に落ちて流るる栃殻も
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
第八首
わけ登る麓の道は多けれど
同じ雲井の月をこそ見れ
第九首
兵法は立たざる前に先づ勝ちて
立合てはや敵はほろぶる
第十首
體と太刀と一致に成りてまん丸に
心も丸きこれぞ一圓
第十一首
稽古にも立たざる前の勝にして
身は浮島の松の色かな
第十二首
曇りなき心の月の晴やらば
なす業々も清くこそあれ
第十三首
軍(いくさ)にもまけ勝あるは常の事
まけて負けざることを知るべし
第十四首
とにかくに本を勤めよ末々は
ついに治るものと知るべし
第十五首
兵法の奥義は睫の如くにて
あまり近くて迷いこそすれ
第十六首
我流をつかはば常に心還(また)
物云ふ迄も執行(修行)ともなせ
第十七首
我流を使ひて見れば何もなく
ただ心して勝つ道を知れ
第十八首
兵法の先(せん)は早きと心得て
勝を急(あせ)って危うかりけり
第十九首
兵法はつよきを能きと思なば
終には負けと成ると知るべし
第二十首
兵法の強き内にはつよみなし
強からずして負けぬものなり
第二十一首
立会はば思慮分別に離れつつ
有そ無きぞと思ふべからず
第二十二首
兵法を使へば心治まりて
未練のことは露もなきもの
第二十三首
朝夕に心にかけて稽古せよ
日々に新たに徳を得るかな
第二十四首
長短を論することをさて置て
己が心の利剣にて斬れ
第二十五首
前後左右心の枝直ぐならば
敵のゆがみは天然(しぜん)と見ゆ
第二十六首
雲霧は稽古の中の転変そ
上は常住すめる月日ぞ
第二十七首
兵法は行衛も知らず果てもなし
命限りの勤とぞ知れ
第二十八首
我流を教へしままに直にせば
所作鍛練の人には勝べし
第二十九首
麓なる一本の花を知り顔に
奥もまだ見ぬ三芳野の春
第三十首
目には見え手には取れぬ水中の
月とやいはん流儀なるべし
第三十一首
心こそ敵と思ひてすり磨け
心の外に敵はあらじな
第三十二首
習より慣るるの大事願くは
数をつかふにしくことはなし
第三十三首
馴るるより習の大事願くは
数もつかへよ理を責めて問へ
第三十四首
屈たくの起る心の出るのは
そは剣術になるとしるべし
第三十五首
世の中の器用不器用異ならず
只真実の勤めにそあり
第三十六首
兵法をあきらめぬれはもとよりも
心の水に波は立つまじ
第三十七首
剣術は何に譬へん岩間もる
苔の雫に宿る月影
第三十八首
性(さが)を張る人と見るなら前方に
物あらそひをせぬが剣術
第三十九首
兵法は君と親との為なるを
我身の芸と思ふはかなさ
第四十首
一つより百まで数へ学びては
もとの初心となりにけるかな








