語釈
強き内には(つよきうちには)
強さの中には、強さそのものの中には。
つよみなし
本当の強み、真の強さというものはない。
強からずして
強さを誇示せず、力にこだわらずに。
負けぬものなり
負けることのないものである。
直訳
兵法において、強さそのものの中には、真の強みというものはない。強さを誇示しないことによって、負けることのないものである。
現代語訳
武術において、強さそのものの中に、本当の強みはありません。力を誇示せず、強さにこだわらないでいることこそが、真に負けることのない在り方なのです。
解説
この歌は、前の第十九首「兵法はつよきを能きと思なば 終には負けと成ると知るべし」と、語句をほぼ鏡像的に反転させた、明確な対句をなしています。19番が「強さを追い求めれば、いずれ負ける」という結論を提示したのに対し、この20番は、その理由と、真の在り方を明らかにしています。
「強き内にはつよみなし」――力の強さそのものの中には、実は何の強みも存在しない、という逆説がこの歌の核心です。力を誇示することは、一見すると優位に立っているように見えますが、実際にはそこに固執し、力任せの動きに頼ることで、かえって隙や偏りが生まれます。真の強さとは、そうした力の誇示から離れたところにあります。
「強からずして負けぬものなり」――強さにこだわらず、力を誇示しないことによってこそ、真に揺るがない、負けることのない在り方が実現される。これは、第十九首で見た「片輪」の教えとも重なります。力という一つの輪だけに頼らず、技の理合と心の在り方という、もう一方の輪を伴わせることで、初めて安定した歩みが可能になるのです。
私(塩崎関舟)の考え
強さを誇示しようとする心は、実はそれ自体が弱さの表れなのかもしれません。本当に力を備えている者は、あえてそれを誇示する必要がないのだと思います。
私は、強さを競っているようでは、真理には到達することはできないと考えています。強い、弱いという比較の物差しから離れ、力にこだわらない在り方を保つことこそが、結果として、誰にも揺るがされない強さにつながっていくのではないでしょうか。
日々の生活に活かす
私たちは、自分の力や能力を誇示したくなる場面に、しばしば直面します。しかし、力を誇示すればするほど、かえってその力に縛られ、身動きが取れなくなることもあります。
強さにこだわらず、自然体でいること。それこそが、結果として、誰にも動じない、揺るがない在り方につながっていくのだと思います。
百足伝 全釈について
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『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政がまとめた『百足伝』四十首を、一首ずつ現代語訳・解説し、塩崎関舟の考えを交えながら読み解くシリーズです。
修行者の心構えはもちろん、現代を生きる私たちの日々の生活にも活かせる普遍の教えをお届けします。
ご注意
『百足伝』には、現在広く定着した現代語訳や解釈が存在するわけではありません。
本ページに掲載している直訳・現代語訳・解説は、古文書や関連資料、無外流の伝承、そして長年の稽古を踏まえ、塩崎関舟が現時点での研究成果としてまとめたものです。
解釈にあたっては、古文書や古典の専門家のご意見も伺いながら検証を進めておりますが、新たな史料や知見、また伝承との照合によって、今後内容を加筆・修正する場合があります。
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