語釈
つよきを能きと
力の強さこそが良いことだと。「能き」は「良き」と同義。
思なば
思うならば。仮定を表す。
終には(つひには)
最終的には、いずれは。
負けと成ると知るべし
負けという結果に至ると知っておくべきである。
直訳
兵法は、力の強さこそが良いことだと思うならば、最終的には負けという結果に至ると知っておくべきである。
現代語訳
武術において、力の強さこそが良いものだと思い込んでいると、最終的には負けるという結果になると知っておくべきです。
解説
この歌は、武術における価値を、力の強さという一面だけで測ろうとする姿勢への戒めを説いています。
「つよきを能きと思なば」――強さこそが優れていることだ、という考え方は、一見すると当然のことのように思えます。しかし、この歌はその考え方こそが、最終的な敗北を招くと指摘しています。力の強さだけを頼りに進むことは、いわば片方の輪だけで車を走らせるようなものです。もう一方の輪――技の理合や、心の在り方――を欠いたまま突き進めば、いずれバランスを崩し、行き詰まってしまいます。
この歌は、後に続く第二十首「兵法の強き内にはつよみなし 強からずして負けぬものなり」と、対になる歌として読むことができます。19番が「強さを追い求めれば、いずれ負ける」という結論を示し、20番が、その先にある「では真の強さとは何か」という問いに答える、という構成です。両者を合わせて読むことで、この教えの全体像がより深く見えてきます。
また、第十三首「軍にもまけ勝あるは常の事 まけて負けざることを知るべし」とも、根底に流れる思想は同じです。勝敗や強弱という、目に見える結果に一喜一憂し、それを絶対の価値基準としてしまうことへの戒めが、これらの歌には共通して込められています。
私(塩崎関舟)の考え
私は、強さを競っているようでは、真理には到達することはできないと考えています。
力の強さや技の激しさは、確かに武術の一つの側面ではあります。しかし、それだけを追い求め、他者と優劣を競う次元に留まっている限り、そこにあるのはあくまで相対的な比較でしかありません。強い、弱いという物差しそのものを一度手放さなければ、その先にある本当の境地には至れないのだと思います。
腕力の強さだけを頼りに進む道は、いずれ限界を迎えます。技の理合を磨き、心を修め、その両輪が揃って初めて、真に揺るがない在り方に近づいていけるのではないでしょうか。
日々の生活に活かす
私たちは、仕事でも人間関係でも、つい「強さ」――発言力や、他者を上回ることそのもの――を、良いことだと考えてしまいがちです。
しかし、強さを誇示し、他者と競い合うことに終始していては、本当に大切なものを見失ってしまうことがあります。優劣を競う視点から一度離れ、物事の本質そのものに目を向けること。それこそが、目先の勝ち負けを超えた、確かな在り方につながるのだと思います。
百足伝 全釈について
他の記事
『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政がまとめた『百足伝』四十首を、一首ずつ現代語訳・解説し、塩崎関舟の考えを交えながら読み解くシリーズです。
修行者の心構えはもちろん、現代を生きる私たちの日々の生活にも活かせる普遍の教えをお届けします。
ご注意
『百足伝』には、現在広く定着した現代語訳や解釈が存在するわけではありません。
本ページに掲載している直訳・現代語訳・解説は、古文書や関連資料、無外流の伝承、そして長年の稽古を踏まえ、塩崎関舟が現時点での研究成果としてまとめたものです。
解釈にあたっては、古文書や古典の専門家のご意見も伺いながら検証を進めておりますが、新たな史料や知見、また伝承との照合によって、今後内容を加筆・修正する場合があります。
お気づきの点や異なるご見解、ご助言などがございましたら、ぜひメールにてお寄せください。
皆さまからいただいたご意見も大切な研究資料として参考にさせていただき、より正確で価値ある『百足伝 全釈』となるよう、これからも研究を重ねてまいります。























