百足伝 全釈|第十二首「曇りなき心の月の晴やらば なす業々も清くこそあれ」

目次

語釈

曇りなき(くもりなき)

曇りのない、澄み切った。

心の月(こころのつき)

自らの心を月にたとえた表現。仏教的な発想に基づき、本来清らかである心を、雲間に隠れることのある月の姿に重ねている。

晴やらば(はれやらば)

すっかり晴れたならば。「やる」は動作の完了・徹底を表す補助動詞で、「晴れきる」という強い意味合いを持つ。

なす業々(なすわざわざ)

行うところの、一つひとつの行い・技。

清くこそあれ

「こそ」は強調の係助詞、「あれ」はその結びの已然形。「(他ならぬ)清らかであるはずだ」という強い断定を表す。

直訳

曇りのない心の月がすっかり晴れたならば、行う技の一つひとつも、清いものであるはずだ。

現代語訳

心という月に一片の曇りもなく、すっかり澄み渡っているならば、そこから生まれる一挙手一投足もまた、自ずと清らかなものとなるはずです。

解説

この歌は、心の澄明さと、そこから発せられる技や行いの質との関係を、月という象徴を通して詠んでいます。

「心の月」という表現は、心を月に見立てる、古くからの発想に基づいています。月は本来、常に清らかな光を放っていますが、雲に覆われれば、その光は曇り、地上には届きません。心もまた同じで、本来は澄んだ性質を持ちながら、迷いや執着といった雲によって、しばしば覆い隠されてしまいます。

「晴やらば」という言い方には、単に「晴れれば」以上の強さがあります。曇りが少し薄れる程度ではなく、雲一つない状態まで晴れきったときに初めて、月の光は地上のあらゆるものを、ありのままに照らし出します。この歌が説くのは、技の巧拙をいくら磨いても、心という根本に曇りがあれば、行いの端々にその曇りがにじみ出てしまう、という道理です。逆に、心さえ澄み切っていれば、特別な作為を凝らさずとも、なす業の一つひとつが自ずと清らかなものになる、という逆説がここにはあります。

この歌は、猿澤の池(第三首)や水中の月(第三十首)、苔の雫に宿る月影(第三十七首)など、百足伝の随所に現れる「水月」の意象とも通じ合っています。月は、それ自体は動かず、ただ水面(あるいは心)の状態に応じて、映る姿を変えます。技を磨くことに先立って、まず自らの心という水面を澄ませることこそが、修行における根本の課題なのだと、この歌は教えているのではないでしょうか。

私(塩崎関舟)の考え

稽古において、技の一つひとつを丁寧に磨くことはもちろん大切です。しかし、それ以上に大切なのは、その技を生み出す心の状態だと、私は考えています。

心に迷いや焦り、あるいは相手への執着があるとき、その動きはどこかぎこちなく、力みが生まれます。逆に、心が静かに澄み渡っているとき、技は驚くほど滑らかに、そして自然に表れます。技だけを追い求めていては、いつまでもこの「清くこそあれ」という境地には至りません。

まずは自らの心の曇りに気づき、それを一つずつ晴らしていくこと。技の稽古と、心の稽古は、決して切り離せるものではないのだと思います。

日々の生活に活かす

私たちの言葉や行動には、その時々の心の状態が、思いのほか色濃く映し出されるものです。心に苛立ちや不安があれば、言葉には棘が生まれ、態度にはぎこちなさが出てしまいます。

逆に、心が落ち着き、澄み渡っているときには、何気ない一言や振る舞いにも、自然な穏やかさが宿ります。行いを取り繕う前に、まず自分の心を整えること。それこそが、日々の暮らしを清らかに保つための、一番の近道なのかもしれません。

百足伝 全釈について

他の記事

『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政がまとめた『百足伝』四十首を、一首ずつ現代語訳・解説し、塩崎関舟の考えを交えながら読み解くシリーズです。
修行者の心構えはもちろん、現代を生きる私たちの日々の生活にも活かせる普遍の教えをお届けします。

ご注意

『百足伝』には、現在広く定着した現代語訳や解釈が存在するわけではありません。
本ページに掲載している直訳・現代語訳・解説は、古文書や関連資料、無外流の伝承、そして長年の稽古を踏まえ、塩崎関舟が現時点での研究成果としてまとめたものです。
解釈にあたっては、古文書や古典の専門家のご意見も伺いながら検証を進めておりますが、新たな史料や知見、また伝承との照合によって、今後内容を加筆・修正する場合があります。
お気づきの点や異なるご見解、ご助言などがございましたら、ぜひメールにてお寄せください。
皆さまからいただいたご意見も大切な研究資料として参考にさせていただき、より正確で価値ある『百足伝 全釈』となるよう、これからも研究を重ねてまいります。

劔和會 青山道場で古武術を学ぶ

無外流居合と神道夢想流杖術を学ぶことができます。東京都港区・青山に常設道場があり、平日昼夜・土日祝も稽古を行っています。初心者から経験者まで、それぞれの目的や生活スタイルに合わせて稽古を続けることができます。

はじめはスポーツウェアなど動きやすい服装でご参加いただけます。武具のレンタルもあるため、特別な準備は必要ありません。初心者の方にも分かりやすく丁寧に指導を行っていますので、武術未経験の方でも安心して始められます。

劔和會では、無外流居合兵道および神道夢想流杖術を正しく継承し、次代へ伝えることを大切にしています。山田宏先生より受け継いだ教えをもとに、免許者が責任を持って指導を行っています。

平日は昼から夜まで、土・日・祝日も稽古を行っています。お仕事帰りや休日など、ご自身の生活スタイルに合わせて無理なく稽古を続けることができます。

東京都港区・青山に常設道場があります。青山一丁目駅、赤坂駅、乃木坂駅、六本木駅から徒歩圏内と通いやすい立地です。仕事帰りやお出かけのついでにも気軽にお越しいただけます。

見学・体験参加受付中

武術経験の有無は問いません。
まずはお気軽に道場の雰囲気をご覧ください。

会員インタビューも参考になります

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

幼少の頃は少林寺拳法の稽古に励み、現在は山田先生に師事し居合(無外流)と杖術(神道夢想流)の稽古に励んでいます。

無外流居合兵道:免許皆伝
無外眞伝無外流居合兵道:免許皆伝
神道夢想流:免許

趣味
釣りやキャンプなどのアウトドア。

目次