語釈
稽古にも
実際の稽古においても。
立たざる前の勝
第九首「兵法は立たざる前に先づ勝ちて」と同じく、立ち合う前にすでに勝敗が決していること。
浮島(うきしま)
波間に漂う、または水上に浮かぶように見える島。不安定な場所、あるいは寄る辺のない状況を象徴する語。
松の色(まつのいろ)
松は常緑樹であり、四季を通じて色を変えない。ここでは、状況がどう変化しようとも変わることのない、確固たる心の在り方を象徴している。
直訳
日々の稽古においても、立ち合う前にすでに勝っているものであり、その身は、浮島に生える松のような色をしている。
現代語訳
稽古の場においても、実際に立ち合う前に、すでに勝敗は決まっています。たとえ足場の定まらない浮島のような不安定な状況に置かれようとも、松がいつも変わらぬ緑を保つように、心もまた動じることなく、一定の色を保ち続けるべきなのです。
解説
この歌は、第九首「兵法は立たざる前に先づ勝ちて」と対応する形で、その教えを稽古の場に落とし込んだものと読むことができます。第九首が立合いにおける勝敗の本質を説いたのに対し、この歌は、日々の稽古という、より身近な場面において、同じ理法がいかに働くかを詠んでいます。
第九首と第十一首がこのように隣り合って置かれていることには、単なる偶然以上の意味があるように思われます。第九首は実戦における「先づ勝ち」を説き、この第十一首は、同じ理法を稽古の場に当てはめて詠んでいます。この配置は、「稽古は実戦のように、実戦は稽古のように」という教えを体現していると言えるでしょう。
稽古の場で緊張感なく型をなぞっているだけでは、実戦で先んじて勝つ心構えは育ちません。逆に、実戦の場だけで特別な心持ちを作ろうとしても、日頃からそれを培っていなければ、いざという時に発揮することはできません。稽古と実戦を分けて捉えるのではなく、常に同じ心構えで向き合うべきだという教えが、この二首の配置に込められているのではないでしょうか。
そして、その一貫した心構えを支えるのが、下の句に詠まれた「浮島の松の色」です。稽古であろうと実戦であろうと、状況がどれほど変化しようとも、常緑樹のように変わらぬコンディションを保ち続けること。それこそが、いついかなる場でも「立たざる前の勝ち」を実現するための土台なのだと思います。
注目したいのは、下の句「身は浮島の松の色かな」です。浮島は、水面に漂うように存在する、極めて不安定な場所です。足場が定まらず、いつ崩れるとも知れません。しかし、そこに生える松は、常緑樹として、季節がどれほど移ろおうとも変わらぬ緑を保ち続けます。
これは、稽古や立合いにおける心の在り方そのものを象徴していると考えられます。状況がどれほど不安定であっても、相手がどのような動きを見せようとも、自らの心は松のように、常に変わらぬ色を保っていなければなりません。浮島という足場の不確かさと、松という色の不変性――この対比の中にこそ、この歌の核心があると言えるでしょう。
立ち合う前にすでに勝っているという境地は、こうした揺るがぬ心があってこそ、初めて成り立つものなのかもしれません。
私(塩崎関舟)の考え
この歌については、大変興味深い背景があることが分かってきました。
実は、この歌には元歌があるとされ、鹿島神傳直心影流第六代宗家・高橋直翁斎源重冶による「兵法は立たざるさきの勝ちにして 身は浮島の松の色かな」という道歌に由来するようです。さらに、下の句「身は浮島の松の色かな」は、その先代である神谷傳心斎平真光(第五代宗家)が、臨終の際に幾度も繰り返した言葉であったとも伝えられています。生涯を剣に捧げた先達が、最期に残した言葉が、流派を超えてこの百足伝にも取り入れられているのだとすれば、実に感慨深いことです。
また、「浮島」という語そのものについても、私は一つの仮説を持っています。百足伝を編んだ自鏡流の流祖・多賀自鏡軒盛政については、出自や経歴を伝える資料がほとんど残っていません。ただ、水戸藩を脱藩し、土浦藩に身を寄せたという経緯からすると、東日本を拠点に活動していた人物と考えられます。
宮城県には多賀城市という土地があり、そこには「浮島」という地域、そして浮島神社が実在します。「浮島の松」という言葉は、後鳥羽院の御歌(続古今和歌集)をはじめ、古くから塩竈の浦(多賀城のすぐ近く)を詠んだ、確立された歌枕です。加えて、自鏡流の関連資料には「浮島の松はもとより常盤にて ふれども雪にいろはかはらじ」という一首も伝わっており、これもまた、塩竈の歌枕としての「浮島の松」――常盤(常に変わらぬ緑)を保つ松――を踏まえた歌と考えられます。この「常盤」という語は、第二十六首「雲霧は稽古の中の転変そ 上は常住すめる月日ぞ」の「常住」とも響き合う、自鏡流の伝書群に一貫する主題です。
「多賀」という名を持つ流祖が、多賀城のすぐ近くに位置するこの歌枕の地に、何らかの縁を持っていた可能性は、決して低くないと私は考えています。単なる言葉のイメージとしての「浮島」ではなく、地名と結びついた歌枕として、複数の伝書に繰り返し現れていることを踏まえると、この仮説には相応の裏付けがあるように思います。
揺るがぬ心を説くこの歌の背後に、剣の道を生きた先達たちの、土地への想いや、幾重にも重なる伝承が込められているのだとすれば、稽古にもまた一層の重みが加わるように感じています。
日々の生活に活かす
私たちの周りの状況は、常に移り変わり、時には足場さえ定まらないと感じることもあるでしょう。仕事でも人間関係でも、先の見通せない不安定な場面に置かれることは、誰にでもあります。
そんなときこそ、松のように、変わらぬ自分の色を保つことが大切なのだと、この歌は教えてくれます。周囲がどれほど揺れ動こうとも、自分自身の芯となる部分――信念や価値観――までも揺らがせてはなりません。
浮島のような不安定な状況の中でこそ、変わらぬ松の色を保てるかどうか。それこそが、その人の本当の強さを映し出すのだと思います。
百足伝 全釈について
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『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政がまとめた『百足伝』四十首を、一首ずつ現代語訳・解説し、塩崎関舟の考えを交えながら読み解くシリーズです。
修行者の心構えはもちろん、現代を生きる私たちの日々の生活にも活かせる普遍の教えをお届けします。
ご注意
『百足伝』には、現在広く定着した現代語訳や解釈が存在するわけではありません。
本ページに掲載している直訳・現代語訳・解説は、古文書や関連資料、無外流の伝承、そして長年の稽古を踏まえ、塩崎関舟が現時点での研究成果としてまとめたものです。
解釈にあたっては、古文書や古典の専門家のご意見も伺いながら検証を進めておりますが、新たな史料や知見、また伝承との照合によって、今後内容を加筆・修正する場合があります。
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