語釈
やり水(遣水)
庭園などに人工的に引いた細い水路。百足伝では、夕立によって勢いを増す一時的な流れとして用いられている。

ものぞかし
動詞「ものぞかし」は、「ものを示す」や「現れる」という意味。
直訳
夕立によって勢いよく流れ、止めることもできない遣水も、やがて雨が止めば雫一つ残らなくなるものだ。
現代語訳
一時的に激しい勢いを見せるものでも、その勢いは長く続くものではありません。
修行もまた、短期間だけ熱心に取り組むことよりも、日々絶えることなく積み重ねていくことが大切であると教えています。
解説
第一首では、清水のように絶えず流れ続けることが修行には大切であると説かれていました。
それに対して第二首では、夕立によって勢いを増した遣水が、雨が止めばやがて雫さえ残らなくなる様子が詠まれています。
この二首は、対照的な構成になっているように感じられます。
修行においても、大会や昇段審査の前だけ稽古量を増やせば、一時的に技量は向上するかもしれません。
しかし、その努力が終われば稽古量は元に戻り、せっかく身についたものも少しずつ薄れてしまいます。
もちろん、目標に向かって集中的に稽古することは大切です。
しかし百足伝が伝えようとしているのは、一時的な勢いや熱意ではなく、日々変わることなく積み重ねる修行の尊さではないでしょうか。
第一首の「清水」と第二首の「夕立」は、「絶え間なく流れる修行」と「一時的な勢いによる修行」という対照的な姿を象徴しているようにも読むことができます。
私(塩崎関舟)の考え
一時的に長時間稽古を行うことで得られるものも多くあります。
しかし、その成果を本当の力として身につけるためには、日々の稽古を継続し、少しずつ自分のものにしていくことが何より大切だと思います。
一時的に長時間稽古を行うことで得られるものも多くあります。
昔から一時的に山籠りなどを行い集中的に稽古をするといったエピソードは残っています。
劔和會でも、劔和クエストという企画で素振りや基本などの動きを連日稽古を行い1万回達成するというもの。これに挑戦すると、必ず多くの気づきがあります。
しかし、その後、数日休んでしまうと何の気づきがあったか忘れてしまい、思い出そうとしても夢のように思い出すことができません。
その成果を本当の力として身につけるためには、日々の稽古を継続し、少しずつ自分のものにしていくことが何より大切だと思います。
日々の生活に活かす
私たちは、何か目標ができると一時的に頑張ることはできます。
資格試験の前だけ勉強する、健康診断の前だけ運動する、発表会や試合の前だけ練習を増やす――誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。
しかし、その熱意は目標を終えた途端に薄れ、元の生活へ戻ってしまうことも少なくありません。
百足伝が教えているのは、一時的な頑張りを否定することではなく、それ以上に「続けること」の大切さです。
毎日少しずつでも続けた学びや努力は、やがて自分の力となり、簡単には失われません。
武術だけではなく、仕事、勉強、健康、人間関係など、あらゆることに共通する教えではないでしょうか。
大きな変化を求めるよりも、今日も昨日と変わらず続けること。
その積み重ねが、人生を大きく変えていくのだと思います。
百足伝 全釈について
他の記事
『百足伝全釈 ― 無外流の教えを現代に読む ―』は、無外流居合の源流である自鏡流の流祖、多賀自鏡軒盛政がまとめた『百足伝』四十首を、一首ずつ現代語訳・解説し、塩崎関舟の考えを交えながら読み解くシリーズです。
修行者の心構えはもちろん、現代を生きる私たちの日々の生活にも活かせる普遍の教えをお届けします。
ご注意
『百足伝』には、現在広く定着した現代語訳や解釈が存在するわけではありません。
本ページに掲載している直訳・現代語訳・解説は、古文書や関連資料、無外流の伝承、そして長年の稽古を踏まえ、塩崎関舟が現時点での研究成果としてまとめたものです。
解釈にあたっては、古文書や古典の専門家のご意見も伺いながら検証を進めておりますが、新たな史料や知見、また伝承との照合によって、今後内容を加筆・修正する場合があります。
お気づきの点や異なるご見解、ご助言などがございましたら、ぜひメールにてお寄せください。
皆さまからいただいたご意見も大切な研究資料として参考にさせていただき、より正確で価値ある『百足伝 全釈』となるよう、これからも研究を重ねてまいります。



















