居合・杖術稽古ブログ

辻月丹

辻月丹の江戸の足跡をたどる

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滋賀の甲賀郡馬杉村より武者修行の旅に出た辻月丹は、26歳の時、江戸についた。麹町九丁目に山口流の道場を構え、あちこちの大家の門をたたいて稽古を願ったが田舎兵法者扱いをされ相手にされなかった。わずかな弟子と稽古を続け、己の剣術の技を磨いていた。
少なかった門人も徐々に増え、数千にも登った。また、剣術家だけでなく禅者でもあり、将軍御目見までなった江戸での生涯はどういったものだったのか、辻月丹は江戸に出て剣に何を求めたのか?史料は多く残っていないが辻月丹の足跡を見てみる。

麹町九丁目に道場を開く

四ツ谷駅から皇居方面に歩くと麹町六丁目という交差点がある。この一角が当時の麹町九丁目で、辻月丹の道場があった場所である。ここで、多くの弟子に無外流を指南した。(無外直傳兵道考 P12には江戸六番町とも)

辻月丹|江戸で道場を開く
当時の麹町九丁目

辻月丹の稽古

ここの道場で、辻月丹はどういう稽古をしていたのだろうか。無外流の太刀筋は激しいという評価が多く、毎日のように気合の発声と竹刀の音が聞こえてきたのだろう。高知城の博物館に辻月丹が使ったと言われる袋竹刀が展示されており、物打ちの一点だけが革が剥がれており辻月丹の剣術の正確かつ凄まじさを物語っている。

九丁目は寺や武家屋敷があったようだが、少し歩くとすぐに賑やかな町人の街となる。活気付いた町の中、辻月丹は日々何を考えどういう生活を送っていたのだろうか。

山口卜真斉が江戸に来る

天和二年、辻月丹が34歳の時、師匠の山口卜真斉が江戸にやってきて道場を訪れた。卜真斉は、辻月丹と技を試みんことを申し出て、辻月丹は小竹刀を持って対し、ツツーと入り身となるや卜真斉の剣先を押さえて体当たりをしたので、卜真斉はその場に倒れ「只今のは強過ぎた、もう少し柔らかく使ってみよ」と云ったので、再び手元につけ入ると共に剣先を押さえた。剣先を押さえられた卜真斉は糊付けのようになって、技の施しようもなかった。更に居合を所望されたので、道場の隅に燭台を置いて火を灯し近寄り抜刀して、切っ先の刃風で火を消すこと三度であった。そこで、卜真斉も辻月丹の上達を褒めて「最早われらの及ぶところではない。世の亀鑑ともなることだろう」と言って数日の後に京都へ帰って行った。

弟子の杉田庄左衛門が本懐を遂げる

武州国 青梅村の杉田庄左衛門は辻月丹の弟子となり、熱心に修行をしていた。ある時、居合を習いたいと申し出た。辻月丹が居合を一つだけ教えて云うに、「元来、居合とは鞘の中で勝負をすることが大切である。鞘を離れてしまえば剣術となる。故に二間又は三間位の所で敵に言葉をかけ、直ちにつけ入って、敵の抜かぬ先に抜き打ちに斬りつけることが居合の本意である。そなたはただ、この一腰だけを明け暮れ、怠らず稽古をなすべきである。」と杉田庄左衛門は、元来、敵討ちをなさんがために辻月丹に就いて稽古をしていたので、居合を習う頃には辻月丹もこのことを察していた。その後、杉田は麹町一丁目の半蔵門のお堀端で居合を抜いて敵討ちを果たし本懐を遂げた。麹町一丁目というと、江戸城のお堀端となり、お城の目の前で敵討ちをしたとは考えにくいが、周辺の大名屋敷が立ち並ぶ一角で敵討ちを遂げたのであろうか。

お堀から麹町方面を向くと今では大きなビルが立ち並ぶが、辻月丹が暮らしていた時代は大名屋敷が並んでいた。武家屋敷と麹町の町人のエリアと近いことにも驚く。

辻月丹が参禅した麻布・吸江寺

月丹は学問と心の修養が必要と感じ、麻布 吸江寺の石潭禅師に師事し、中国の古典と禅学を学ぶこととなった。麻布にあった臨済宗・吸江寺の開山である石潭禅師に師事し、禅学を学んだ。
吸江寺は現在は渋谷にあるが、当時は麻布にあった。現在の六本木ヒルズの側で、けやき坂を上がったところのローソンの周辺にあったと言われている。

麹町九丁目から麻布・吸江寺まで徒歩で通うには50分ほどかかる。どのくらいの頻度で通っていたかは定かではないが、麹町から赤坂を抜けて通ったものと思われる。

開悟

石潭禅師が遷化した後も第二世の神州和尚について参禅し、辻月丹が45歳の時、ある日突然開悟した。神州和尚は石潭禅師の名によって以下の偈を与えた。

一法実無外(一法実に外無し)
乾坤得一貞(乾坤一貞を得)
吹毛方納密(吹毛まさに密に納む)
動着則光清(動着すれば光清し)

これ以来、流名を無外流とした。時に元禄六年であった。

辻家の菩提寺『養玉院如来寺』

辻月丹は享保十二年六月二十三日、病により七十九歳で生涯を閉じた。高輪の如来寺大雲院(現 西大井 養玉院如来寺)に葬られたが墓は無い。二代目の辻右平太から七代 都治 喜摩多 茂岡までの墓がある。
ここに眠る無外流の継承者たちがいなければ、今の我々も無かったことを考えると感慨深い。

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幼少の頃は少林寺拳法の稽古に励み、現在は山田先生に師事し居合(無外流)と杖術(神道夢想流)の稽古に励んでいます。 無外流居合兵道:免許皆伝 無外眞伝無外流居合兵道:免許皆伝 神道夢想流:六段

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