坐禅会

美しさは見た目から感じるものではない

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先週より気温は高かったようですが、底冷えのする寒さで先週よりも体感温度は低いように感じました。

晩年の姿

今回は久しぶりの禅語。

荷盡已無擎雨蓋(はすはつきて すでにあめをささぐるのがいなく)
菊殘猶有傲霜枝(きくはすたれてなお しもにおごるえだあり)

 

蘇軾(1101年没)が劉景文(1092年没)に贈った詩で、老齢の劉景文の様を詩にしたそうです。

蓮の花が終わり、泥の中から茎が伸びているだけでも、凛とした姿を見出すことができ、菊の花がすたれても霜に屈せず伸びている枝からも美しさを感じるといったことが書かれているようで、劉景文の生き様や力を失っても人徳を表現したのでしょうか。
美しい人でも歳をとると老いるもので、その美しさは永遠ではありませんが、表面的な美しさは失ってもその人の生き方が歳を取っても凛とした様が美しくもあり、人の琴線に触れさせるのではないでしょうか。

少々違うかもしれませんが、劔和會で稽古をされている方でも、歳を重ねたからといっておごることなく、稽古の中で発見があれば素直に喜び、まだまだ、先があると希望を持って稽古されている方々の姿勢が美しくもありますし、かっこよさを感じます。

自分も歳をとってもそうありたいと願います。


坐禅会は、劔和會のFacebookページでご確認ください。

文責:塩崎雅友

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